【エッセイ】

【電車|生きるのしんどいエッセイ】家を出た瞬間もう帰りたいんです

netarou

電車に乗る前から、もう疲れている。

「8時に駅集合でよろしく。」
たったそれだけの約束なのに、
どうして僕は、ここまで疲れてしまうのだろう。

もしかしたらお腹が痛くなって、途中で電車を降りるかもしれない。
特急があるけど、当日のコンディションによっては各駅停車の方がいいかも。
電車の遅延はないだろうか。
乗り換えはうまくいくだろうか。

8時集合のはずが、検索している電車は6時台。

早く眠りたいのに、枕元のスマホが
「もっと遊ぼう?」と不満げに鳴く。

同じ時間に集まる相手に「もう寝るね」は、言い出しにくい。
明日も会うのに。
すぐ会うのに。

寝る前のスマホは、エスプレッソ2杯分の覚醒効果があると聞いたことがある。
刺激に弱い体質なのに、寝がけに2杯飲んだせいか
アラームが鳴る前に、目が覚めてしまった。

鞄はすでに肩にかけてある。
服も着替え済みで、靴下まで履いた状態。

15分前なのに、いつでも秒で家を出られる格好になっていた。

服に皺がつくのが嫌で、立ち膝でテレビを見るが、何も頭に入ってこない。
少し早いけど、出てしまおうか。

家にいるのに、もう帰りたい。

結局さらに一本早い電車に乗ってしまった。
このままだと予定より1時間以上早く着きそうだ。

乗り換えのためにホームに降りると、そこにはすでに長い列ができていた。
ドアの数より、列の数の方が明らかに多い。

どの列に並んでも間違ってる気しかしないのに、
わかったような顔をして適当な列に溶け込む。

ふと見ると、僕の斜め前にいた男性に、一人の女性が話しかけていた。
次に来る電車の行き先を尋ねているようだった。

わからないことを、ちゃんと「わからない」と言える人。

しかしその男性はワイヤレスイヤホンをしているのか、反応がなかった。

声をかけたいけど、
全てを知っているような顔をして立っているだけで、他の路線のことはさっぱりわからない。

まごまごしてるうちに電車が来て、
もし僕が乗り過ごしたら、相手も気を遣うだろう。

アプリを使えば教えられるけど、地下鉄の電波に格安SIMでは心許ないな。
適当な駅を入れて、アプリのご機嫌を伺ってみると、機嫌良く返事をしてくれた。

「出発駅」に今いる駅を入力し、
「現在時刻で出発」を選び、あとは到着駅のみ入力するだけ。

声をかけようと息を整えたその時、アナウンスが響く。
「まもなく3番線に電車がまいります」

みんなが列の間を詰めていく。
その中で、彼女だけが時が止まったように取り残されていた。

きっとこの中の何人かは「誰かが声をかけるだろう」と、
彼女の動向を意識してるはず。

今声をかけるのが、一番目立つよな。
電車を逃してまで助けたスーパーヒーロー気取りに見られるのではないか。

助けたいから助けるんじゃない。
助けた方がいいだろうなと思うから、助ける。

「そんなんだからタイミングを逃すんじゃないか。
優しさでもなんでもない。
自己嫌悪や罪悪感を避けるための自己防衛でしかない。」

心の中で、もう一人の僕が容赦なく責めてくる。

どうすんの?

電車が来ると同時に、僕は電話がかかってきたふりをして列から外れた。
繋がってもいない相手に向かって相槌を打ちながら、電車が見えなくなるのを待つ。
情けない猿芝居。

そして、たまたま今通りかかりましたと言わんばかりの顔で声をかけた。

「何かお困りですか?」



それなりにドラマチックな出来事があったのに、
結局早く着きすぎた僕は、コンビニで時間を潰して、
欲しくもないお茶を買って駅の改札に向かっていた。

7時55分。

スマホを見るとLINEが届いていた。
どうやら少し遅れるらしい。

「今着いたところだから大丈夫!
あせらなくていいよー\(^o^)/」

送信ボタンを押す顔は、何かを終えた人のそれだった。
まだ何も始まってすらいないのに。

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原田うゆ
原田うゆ
1987年生まれ 愛知県出身
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