【闇|生きるのしんどいエッセイ】仕事終わりの雑談はサービス残業です
なんなんだこいつは。
仕事が終わってから、もう1時間。
それなのに立ち話を延々と続けるその姿に、帰る気配は一切ない。
もし顔面をぶん殴ったら、どんなリアクションをするんだろう。
そんな最低な妄想すら浮かぶくらいには、こっちの精神はすり減っている。
ずっと鼻を凝視すれば、気になって話を切り上げてくれるだろうか。
散髪したての角刈りが、妙に品行方正で、癇に障る。
一ミリの乱れもないその刈り込みに、逆に心が乱される。
うまい棒みたいな髪型しやがって。
こんなことを言っては、角が立つのは分かってる。角刈りだけに。
でも、それくらい今日は早く帰りたかった。
それくらい今週は地獄だったから。
月曜日
「まだ帰らないんですか?」
嫌な予感がして振り返ると、そこには週末に散々喋ったはずのおしゃべり同僚がいた。
週の初日から捕まるのは避けたかった。
みんなが帰るまで、のんびりと帰り支度をしていたのが裏目に出た。
「早く帰りましょうよ?」
「先に帰っちゃいますよ?」
こうなるともう逃げられない。
今日は逃れても、明日にツケが回ってくるだけ。
そう思って今日のうちに“消化”する道を選んだ。
火曜日
昨日の教訓を活かして、早々にタイムカードを押す。
やり残したことはないか? 後ろ髪をひかれながらの退勤。
本当は、チェックリストでも作って何度も確認してから帰りたいタイプだ。
家に着いてから突然不安に駆られることがある。
それに、自分は仕事ができるタイプではない。
にもかかわらず、帰り支度だけはやたらとスムーズだと、帰ったあとに悪口を言われるのではないかと心配になる。
この“逃げるように退勤する”という行為、思っている以上にメンタルに来る。
でも今日は、そうも言っていられない。どうしても早く帰りたい。
エレベーターに乗り込むと先着がいた。
「お!めずらしく早いじゃん」
よりによってこの人か。
普段はほとんど話さないが、一度口を開くと止まらないタイプ。
これは1時間コースだな。
水曜日
残業。
ノー残業デーとは、なんなのか。
「行けたら行くね」と同じくらい信用できない。
まあ、長話に捕まるくらいなら、残業していた方がマシか。
「お!今日は残業?」
「稼ぐねー」
「悪いな!先帰るね!」
先に帰る面々が、気持ちよく帰るための雑談に付き合っているうちに、休憩が終わってしまった。
さて、あと1時間頑張るか。
木曜日
視線を感じる。
分かってる。話したいことがあるんだろう。
今日、仕事でミスをしたのは知ってる。
誰かに聞いてほしい。励ましてほしいんだよな。
けど、月曜日にあれだけ喋ったから、さすがに遠慮してるんだよな。
そのせいで、僕は塩対応になってしまった。あれは、僕もよくなかった。反省してる。
わかったよ。
今日は、話を聞こうじゃないか。
金曜日
完璧な計画のはずだった。
みんなが帰るまで、トイレに隠れて時間を潰す。
なのに——どうしてまだこんな時間までいるんだ?
あんなに憎たらしかった顔も、陽が落ちて今は見えない。
角刈りも、鼻も、僕の作り笑顔も。
すべて闇の中に溶けていく。
みんなにとっては、週に一度の雑談かもしれない。
でも僕にとっては、毎日の出来事だ。
今日をどうにか乗り越えても、また来週やってくる。
この世は——やっぱり、あまりにも生きづらい。